従業員承継とは?会社を譲る方法・メリット・デメリットまとめ
- 従業員承継とは?
- 従業員に会社を譲る方法は?
- 従業員承継のメリットは?デメリットは?
従業員承継とは、事業承継の方法の一つで、社内の役員や従業員に会社を譲ることです。
我が子が会社を継いでくれない場合、社内の有望な人材に白羽の矢が立つことになるでしょう。
この記事では、従業員に会社を譲る方法、メリット・デメリットについて解説しています。
現在、従業員承継についてご検討中の方は、是非ご参考になさってください。
目次
従業員承継とは?
従業員承継とは?
従業員承継は、事業承継のひとつの方法です。
事業承継とは、現経営者から後継者に事業を引き継ぐことをいいます。
事業承継には、親族内承継、従業員承継、外部招聘、M&Aなどの方法があります。
事業承継の種類
- 親族内承継
親族が後継者になる - 従業員承継
親族以外の従業員が後継者になる - 外部招聘・M&A
社外の第三者が後継者になる
etc.
従業員承継とは、現在の経営者から、親族以外の会社の役員・従業員に会社を譲る方法です。
従業員承継のメリット
従業員承継には、以下のようなメリットがあります。
従業員承継のメリット
- 後継者候補の選択肢が広がる
- 会社の経営方針に理解のある後継者に、事業承継できる
- 会社運営の安定化が図れる
etc.
後継者候補の選択肢が広がる
従業員承継のメリットは、後継者の選択肢が広がるという点にあります。
親族内承継の場合、少子化のため会社を継いでくれる我が子がいない、親族内に経営者の資質をそなえる人材がいないなどの理由で、断念せざるを得ないケースもあるでしょう。
そういった場合には、会社の役員・従業員から、将来有望な人材を選定し、後継者とすればよいのです。
会社の経営方針に理解のある後継者
従業員の中から選定した後継者であれば、会社の経営方針を理解し、創業者や先代経営者の意思を継いでくれる可能性が高いものです。
その会社の強みは、技術、技能、ブランド、組織力、販路など、目に見えにくことが多いです。会社を熟知する従業員に会社を譲ることで、事業承継後も、会社の強みを生かした会社運営が期待できます。
会社運営の安定化
まったくの部外者に会社を譲るよりも、従業員に会社を譲るほうが、社内や取引先の理解を得られやすく、事業承継後の会社運営の安定化も期待できます。
また、外部招聘やM&Aによる事業承継よりも、従業員承継のほうが、後継者教育を円滑に進めやすいといえるでしょう。
留意点
ただし、中小企業・小規模事業者の場合、そもそも従業員数が少なく、後継者候補を選定するには母数が少なすぎるケースもあるでしょう。
その場合、経営者になる意欲がある者や、経営の資質がある者を、従業員の中から見つけられないという問題が生じます。
従業員承継が難しい場合は、M&Aなど他の方法による事業承継を検討する必要性があります。
従業員承継のデメリット
従業員承継には、以下のようなデメリットがあります。
従業員承継のデメリット
- 後継者になれなかった親族株主や従業員から反対される
- 旧態依然の運営体質による弊害
- 後継者となる従業員の経済的負担が大きい
etc.
親族株主や従業員の反対
事業承継のデメリットは、後継者になれなかった親族や従業員から反対され、内部対立を招くおそれがある点です。
現経営者が経営の実権を握っているうちに、後継者候補の存在を周知させ、内部対立の火種を消し去っておく必要があるでしょう。
旧態依然の運営体質による弊害
従業員承継のデメリットとしては、旧態依然の運営体質が続く点もあげられます。
従業員承継は、経営理念や企業文化に理解がある後継者となる反面、既存の体制を維持する傾向が強くなり、抜本的な経営刷新は難しいものでしょう。
せっかく次の世代に会社を譲ることができたとしても、先行き不安をかかえる中小企業は、いずれ会社存続の危機に立たされるおそれがあります。
従業員承継を成功させるには、経営理念を尊重しつつも、時代の変化に柔軟に対応できるような優秀な従業員を見つけ出す必要があります。
後継者となる従業員の経済的負担
有償で従業員承継を行う場合、後継者となる従業員の経済的負担が大きいという点もデメリットとなります。後継者となる従業員は、会社の株式や事業を買い取るための対価を用意する必要がありますが、個人でそのような資産を有していることは一般的ではありません。
したがって、何らかの方法で資金調達をしなければなりません。
後継者となる従業員が有利な公的制度を利用できない場合、従業員承継を断念せざるを得ないケースもあるでしょう。
従業員に会社を譲る方法
①有償の株式譲渡(MBO・EBO)
従業員承継の具体的な方法として、株式譲渡という方法があります。
従業員側から見れば株式取得になりますが、役員による株式取得(Management Buy‐Out)や、従業員による株式取得(Employee Buy‐Out)と呼んだりします。
中小企業の場合、所有と経営が分離しておらず、経営者個人が企業の大株主となり、経営の実権を握っていることが多いものです。
この場合、先代経営者から後継者となる従業員に、株式を売却することで、従業員承継を実行することができます。
メリット
株式譲渡による従業員承継について、一般にいえるメリットは、経営者の意見が通りやすくなる点にあります。先代から企業の株式譲渡を受けることで、会社の支配権を握ることができます。また、手続きが簡便である点も、株式譲渡のメリットです。
また、有償の株式譲渡であれば、売り手である先代が、株式の譲渡益を取得することができます。
「自ら選び可愛がって育ててきた後継者から対価を受け取るのは忍びない」という気持ちがある反面、自分の退職後の生活資金の問題もあるので、有償で株式譲渡したいとお思いになる経営者も多いことでしょう。
デメリット
株式譲渡による従業員承継のデメリットとしては、後継者となる従業員の経済的負担が大きいことです。
中小企業であっても、企業価値が数千万円をくだらないことも多々あるため、かなりの経済的負担を強いることになります。
経済的負担を払拭するためには、ファンドやベンチャーキャピタル(VC)などから投資を受ける必要があるかもしれません。
②無償の株式譲渡(贈与・遺贈)
株式譲渡は無償でおこなうことも可能です。
この場合、具体的には、贈与や遺贈という方法で従業員承継をおこなうことになります。
贈与とは、当事者の合意によって、財産を無償で譲ることです。
遺贈とは、遺言によって、財産を無償で譲ることです。
遺言をするには、遺言書を作成すれば良いのですが、不備があれば遺言は無効になってしまいます。
そのため、自筆証書遺言ではなく、公証人の力を借りて公正証書遺言を作成する方も多いでしょう。
メリット
贈与・遺贈のメリットは、後継者となる従業員の経済的負担を軽減できることです。
デメリット
贈与を受けた者(受贈者)には、贈与税が課されます。
後継者となる従業員には、無償譲渡の場合でも、贈与税を支払える程度の資金力が必要になります。
贈与税の税率については、以下のようなものです。
基礎控除後の課税価格*² | 1500万円以下 | 3千万円以下 | 3千万円超 |
---|---|---|---|
税率 | 45% | 50% | 55% |
控除額 (万円) | 175 | 250 | 400 |
*¹ 国税庁HP タックスアンサー(よくある質問)No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)のうち、一般贈与財産用(一般税率)の速算表を参考に作成。基礎控除後の課税価格が1000万円以下の税率、控除額については省略した。
*² 基礎控除後の課税価格とは、贈与してもらった金額から、基礎控除額110万円を差し引いた後の金額のこと。
たとえば、8110万円の価値のある株式の贈与を受けた場合、4000万円の贈与税をおさめる必要があります。
- 基礎控除後の課税価格
8110万円-110万円=8000万円 - 贈与税額の計算
8000万円×55%-400万円=4000万円
また、遺贈についても同様の問題があります。すなわち、遺贈を受けた者(受遺者)には、相続税が課されるので、支払いができる程度の資力を有している必要があります。
しかも、配偶者や一親等の親族(代襲相続人となった孫)に該当しない場合、相続税は2割加算になるため、負担が大きいものでしょう。
加えて、経営者の財産の多くが株式である場合、無償の株式譲渡が、相続人の遺留分を侵害することになり、財産の分配について紛争の火種となります。
現経営者がご存命のうちに、相続人となる者らの理解をえておく必要があるでしょう。
④会社の経営権のみを従業員に譲る
従業員承継の方法として、会社の経営権のみを従業員に譲るという方法も考えられます。
会社の経営権のみを従業員に譲るには、株主総会や取締役会を開催し、後継者となる従業員をあらたに代表取締役に選出し、変更登記をおこないます。
メリット
会社の経営権のみを従業員に譲る場合のメリットは、後継者となる従業員に経済的負担がかからないことです。
デメリット
会社の経営権のみを従業員に譲る場合、迅速な意思決定が難しくなり、会社運営に支障が生じるおそれがあります。
所有と経営が分離しているため、会社の重要な局面で事あるごとに、先代経営者の了承を得ながら進める必要がありからです。
また、先代経営者が死亡した場合は、株式の相続でもめる可能性があります。
誰がどのくらい株式を相続するかによって、後継者が取締役から解任されるリスクもあるでしょう。
従業員に会社を譲るまでの流れ
現状把握(見える化)
従業員承継をスムーズに進めるためには、現状把握が重要です。
経営状況とともに、事業承継の課題を見える化することで、事業承継の方向性を確認することができます。
見える化の対象
- 事業の成長性・収益性
- 企業の技術力・事業用資産・経営資源の見直し
- 社内規定・ガバナンスの問題点
- 経営者保証の有無
- 後継者候補の有無、承継の意思・適性、親族の意向
etc.
事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)
経営状態が厳しい企業の後継者になりたいと望む人は、少ないでしょう。そのため、円滑な従業員承継のためには、経営改善も非常に重要です。
見える化により露呈した経営課題を解決することで、後継者の不安を和らげることができます。
可能であれば、現経営者が、後継者候補とともに経営改善に取り組むと良いでしょう。後継者教育の一環として重要であるとともに、後継者として周知してもらうためにも意義がある取り組みといえます。
事業承継計画の策定
事業承継を進めるには、事業承継計画の策定が必須となるでしょう。
事業承継計画とは、中長期的な経営計画を立て、事業承継の時期、課題、具体的な対策などを計画したものです。
会社の将来を見据えて、いつ、どのように、何を、誰に承継するのか詳細に計画を立てます。
場合によっては磨き上げの段階まで盛り込んで策定することもあるでしょう。
事業承継計画書のフォーマットについては、中小機構のホームページなどでも紹介されています。
事業承継の実行
事業承継計画にのっとり、しかるべき時期がきたら、従業員承継を実行します。
なお、中小企業を従業員に譲る方法としては、株式譲渡の手続きがオーソドックスでしょう。
株式譲渡の手続きについては、「株式譲渡の手続き・流れを徹底解説!会社の株式譲渡で必要な書類と注意点とは」の記事をご覧ください。
従業員承継を成功に導く3つのポイント
従業員承継を成功に導くポイントとしては、以下の3つがあげられるでしょう。
3つのポイント
- 後継者候補の育て方
- 資金調達・経済的負担の軽減
- 経営者保証からの解放
①後継者候補の育て方
従業員承継の場合、共同創業者や、重役、工場長、優秀な若手従業員などから後継者を選ぶことになります。
しかし、当人は、後継者になるなど全く予期せぬことで、経営リスクを負う覚悟が無いケースもしばしばあるものです。
そのため、まずは後継者候補となる従業員には、早期に打診し、覚悟を決めるための時間を与え、本人の了解を明示的にとりつける必要があるでしょう。
その後、じっくりと後継者教育をほどこしていきます。
②資金調達・経済的負担の軽減
従業員承継の後継者が資金調達をする方法としては、以下の3つが考えられます。
資金調達・経済的負担の軽減
- 公的な補助金の申請
- 公的機関からの融資
- ファンドの活用
また、後継者の経済的負担を軽減するには、税制上のメリットを享受できる「事業承継税制」についても知っておく必要があるでしょう。
公的な補助金の申請
国が中小企業を応援する公的な補助金として、「事業承継・引継ぎ補助金」というものがあります。
こちらの補助金は、返済不要であるため、非常に魅力的です。
しかし、必ず申請が通るわけではないこと、募集期間があることなどに留意する必要があります。
公的機関からの融資
経営承継円滑化法にもとづく認定を受けた会社について、事業承継をする場合、その株式取得のための費用については、日本政策金融公庫の低利融資や信用保証協会の支援措置を受けられる可能性があります。
また、商工中金の貸付なども利用できる制度です。
ファンドなどを活用する
金融機関からの投資によって資金調達をおこなうケースが過去には多かったですが、近年では、一定規模の中小企業の事業承継では、ファンドやベンチャーキャピタル(VC)などからの投資によって、従業員承継を実施する例も増えています。
その場合の流れとしては、以下のようなものです。
MBOのスキーム(一例)
- 後継者(役員・従業員)が、SPC(特別目的会社)を設立
- SPCが、株式を投資ファンドやVCに売却、または金融機関から借入れ、従業員承継に必要な資金を調達
- SPCが、譲渡対象企業の株式を取得し、子会社化する
- SPCが、譲渡対象会社から配当などを受け取る
- SPCが、金融機関に借入金を返済
このスキームによる注意点としては、投資ファンドが筆頭株主となり、後継者が雇われ社長となるケースが多いでしょう。
そのため、名実ともに会社の後継者となるためには、資金を蓄え、投資ファンドなどが保有する株式を買い戻すというアクションが必要になります。
また、会社の経営権を維持するためには、従業員持ち株会や複数の取引先に、一部の株式を保有してもらうなどの方法が考えられるでしょう。
金融機関からの借入については、返済の負担が生じます。借入金額が大きければ、会社の財政状況の悪化にもつながります。
事業承継税制
事業承継税制とは、先代経営者から株式を取得した際に贈与税や相続税の納税が猶予され、その次の経営者が株式を承継した場合は猶予された税額が免除されるという制度です。
詳細な適用条件があるので、詳しく知りたい方は「事業承継税制とは?納税が猶予・免除される要件とメリット・デメリットを解説」の記事もご覧ください。
③経営者保証からの解放
経営者保証とは、中小企業が金融機関から融資を受ける場合に、経営者個人が会社の連帯保証人となる個人保証のことをいいます。
企業が融資の返済をできなくなった場合、経営者保証をしているときは、経営者個人が企業の借金を肩代わりし、返済をしなければなりません。
事業承継をおこなえば通常、経営者保証も承継されることになります。これが従業員承継のハードルをあげるひとつの原因です。
しかし近年、経営者保証に関するガイドラインが制定されたことで、一定の条件を満たす場合には、経営者保証から解放される可能性が出てきました。
経営者保証をはずす3要件
- 資産について法人と経営者が明確に区分・分離されている
- 法人のみの資産や収益力で返済が可能
- 適時適切に財務情報が開示されている
参考:中小企業庁「経営者保証」
こちらは2024年2月21日現在の情報です。制度の詳細については、必ずご自身でご確認ください。
従業員承継が難しいならM&Aを検討
現在、従業員承継ができるか不安をかかえている経営者の方は、M&A支援機関に頼ることも考えてみてはいかがでしょうか。
商工会議所などでは、従業員承継のアドバイスのほか、M&Aの相談もできます。
また近年、M&Aによる事業承継の件数が増えてきており、利用しやすい民間のM&A仲介会社も沢山あります。
公認会計士や税理士、弁護士などの士業専門家に相談できることもあります。
まずは無料で提供されているサービスなどを活用してみて、M&Aの可能性を探るところから始めてみてましょう。