会社が労災申請を嫌がるのはなぜ?違法性と対処法を解説

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労災の申請

「会社が労災認定を嫌がっている」
「会社に労災を隠蔽されないか不安」

会社に労災申請を申し出ると、会社から「治療費は会社で負担するから労災申請しないでくれ」と言われるケースがあります。

「なぜ会社が労災申請を嫌がるのだろう」と疑問をお持ちの方もいると思います。

会社としては、労災の認定を受けることでいくつかのデメリットがあるため、できる限り労災の申請を避けたいと考えているケースが多いです。

そもそも、会社が労災の事実やその内容をごまかそうとする労災隠しは違法です。

今回は、会社が労災の認定を嫌がる理由と労災隠しに応じるリスク、労災隠しへの対応について詳しく解説します。

会社が労災申請を嫌がる理由

多くの会社は、労災申請されることをなるべく避けたいと考えています。社内で労災が発生したと認定されることは、会社にとってデメリットがあるからです。

具体的には以下の4つのようなデメリットがあります。

会社が労災申請を嫌がる理由

  • 労災保険の保険料が高くなる
  • 会社のイメージダウンにつながる
  • 面倒な対応・手続きが必要になる
  • 労働基準監督署の監査対象になる

労災保険の保険料が高くなる

労災保険の保険料には、「メリット制」という制度があります。

メリット制は、連続する3保険年度中に会社で発生した労働災害の多寡によって、労災保険料が増減する仕組みです。

基本的には、労災の発生件数が多いほど保険料は上がります

労災保険料は全額会社が負担しなくてはならないため、保険料の増額を労災認定の大きなデメリットと捉える事業者も少なくありません。

なお、増減の割合は事業の規模や内容によって変わります。労働者が20人未満の小さな事業所であれば、このメリット制は適用されません。

参考:労災保険のメリット制について

会社のイメージダウンにつながる

労災が発生すると、世間がその会社に対して悪いイメージを抱くようになります。

とくに大企業であれば、労災があったという事実がマスメディアに大きく報じられ、多くの人からブラック企業だとみなされてしまうかもしれません。

会社のイメージが下がることで、売り上げが落ちたり、他の企業との取引が停止されたりするおそれがあります。

会社のイメージダウンを防ぐために、労働者に対して労災の申請を止めるように促す企業もあります。

面倒な対応・手続きが必要になる

労災申請の手続きは、原則として被害者である労働者本人が行うことになっています。しかし、多くの会社では手続きを会社が代行しています。

また、場合によっては労働基準監督署が会社に労働者死傷病報告・労働災害再発防止書といった書類の提出を求めることもあります。

また、安全への配慮を怠っていたとして、被害者を受けた労働者が会社を相手取り、裁判を起こす可能性も否定できません。

一度労災申請されるだけでも、いくつかの煩雑な手続きが必要となるケースもあるということです。

労働基準監督署の監査対象になる

死亡者が出るような大きい労働災害が起こった場合、労災申請が行われると労働基準監督署による立ち入り調査が入ります。

また、被害が小さくても労災認定の数が多いと、臨検監督と呼ばれる事業所への立ち入り調査の対象になる可能性が高いです。

調査では、事業主と労働者へのヒアリングや労働関係帳簿の確認が行われたのち、問題点が見つかれば指導や是正勧告を受けることになります。

是正勧告を受けると期日までに是正報告書を提出することが必要になるので、会社としては手間になります。

会社が行う3パターンの労災隠しとは?

ここまで会社側が労災の申請を嫌がる理由について確認しました。

これらが原因となって、会社が労災の事実やその内容をごまかそうとする「労災隠し」が発生するケースがあります。

労災隠しは労働安全衛生法に違反するものであり、労働者は適切に労災認定が行われているか注視することが必要です。

ここからは、会社が行う労災隠しの3つのパターンを見ていきましょう。

労働者死傷病報告を提出しない

労災隠しで代表的なケースとして、労災事故が発生した事実そのものを隠ぺいするため、労働者死傷病報告を提出しないというものがあります。

労働者死傷病報告は、労働者が労働災害によって死亡または休業した場合に、事業主が労働基準監督署長に提出する義務のある報告書です(労働安全衛生規則97条)。

この報告書を提出しない場合は、労災保険の申請も行われず、労働者への補償は健康保険や事業主の現金負担によってなされることになります。

しかし、これだけだと補償が十分ではないことも多く、労働者が訴えを起こすことで労災隠しが発覚する可能性も高いです。

労災事故の内容を偽って届け出る

会社側の責任を少しでも軽くするため、労災事故の発生状況や原因を偽って届け出るケースもあります。

たとえば、手すりがない高所で起きた事故を「階段からの転落」としたり、安全機器のついていない機械で負ったケガを「包丁使用による負傷」として申請したりした事例がありました。

どちらの場合も、労災保険の申請は行われるので、労働者の補償にはあまり支障がありません。

ただし、根本的な原因の解決がなされないため、事故の再発リスクは高くなります。それゆえ、悪質な労災隠しの一つです。

下請け業者に責任があるとして届け出る

建築業や運送業などの請負関係が発生する現場で起きた労災事故は、基本的に元請け業者に責任があるとされます。

しかし、元請け業者が労災認定を避けるため、下請け業者の社内で労災が発生したと偽って届け出る場合があります。

また、引き続き仕事を受けられるように、下請け業者の方があえて虚偽の申告をするケースも少なくありません。

どちらにせよ十分な再発防止策が講じられない可能性が高く、労災隠しの一つとみなされます。

労災隠しに応じてしまうことによるリスクとは?

会社から労災申請を止めるように言われ、労災隠しに応じてしまった場合には、どんなリスクがあるのでしょうか。

労災保険給付を受けられない

労災申請をしなかった場合には、当然労災と認定されることもないため、労災保険給付を受けることができなくなります。

労災保険給付には、休業補償給付、障害補償給付などがあります。これらの給付を受けることができれば、労働者は経済的な負担を軽減することが可能です。

しかし、労災隠しに応じると、労災保険給付を受ける権利を一切失ってしまいます。

そのため、治療費は会社に負担してもらったとしても、休業による収入減少や、後遺症による障害などの給付がもらえなくなってしまい、結果的に大きな損失を被る可能性があります。

労災が認定されたことによって受け取れる労災保険給付については『労災と認定されるには?認定基準・手続き・受け取れる給付金について解説』の記事をご覧ください。

労災の治療には健康保険を利用できない

労災事故の治療は、健康保険を利用できないため、治療費が全額自己負担となる可能性があります。

労災は、健康保険法で健康保険の対象外と規定されています。

健康保険は、労災とは関係のない傷病に使用できるものです。労災事故で健康保険を使用してしまった場合には、一時的に治療費を全額負担しなければならず、切り替えの手続きも必要とされています。

たとえ、「治療費は会社で負担する」と会社から言われている場合でも、注意が必要です。

治療期間が長引くと治療を終了するように促されたり、これ以上支払わないと言われたりなど、満足な治療を受けられない可能性もあります。

会社から健康保険を利用するように指示されていたとしても、必ず労災保険の給付申請をするようにしましょう。

会社に労災隠しをされたときはどう対応する?

労災隠しを促されている、実際に会社が労災隠しをしていると分かった場合、どのような対応をとるべきなのでしょうか?

最後は、労災隠しへの対処法について見ていきます。

自分で労災の申請手続きを行う

労災保険給付の申請は、会社が代行しなくても労働者自身で行うことができます。申請を行うときに会社の許可を得る必要はありません。

厚生労働省の「主要様式ダウンロードコーナー(労災保険給付関係主要様式)」から給付請求書をダウンロードできます。

会社側が記載する項目もありますが、会社が労災の申請を嫌がりそうな場合には、代替的な記載でも請求できることがあります。

労働基準監督署に相談・申告する

労働基準監督署(労基署)は、労働基準法をもとに会社を監視・指導する機関です。

会社の労災隠しについて相談・申告すれば、まずは窓口の担当者から法律上の判断や今後の動きに関するアドバイスをもらうことができるでしょう。

給付請求書の書き方についても、窓口でアドバイスをもらうことができるので、分からない点がある方は、相談してみてください。

参考:全国の労働基準監督署の所在地

弁護士に相談する

労災隠しだけでなく、会社に対して損害賠償を請求したいとお考えの方は弁護士に相談することがおすすめです。

会社が労働者に対して職場環境の安全性について適切な措置を講じるべき義務を怠っていたような場合には、安全配慮義務違反として会社に対して損害賠償金を請求することができます。

法律の専門家である弁護士であれば、過去の同様な判例・事例から適切に賠償金額を算出し請求してくれるでしょう。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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